昭和57年09月25日 朝の御理解
御理解 第34節
「ここへ参っても、神の言うとおりにする者は少ない。みな、帰ってから自分のよいようにするので、おかげはなし。神の言うことは道に落としてしまい、わが勝手にして、神を恨むような者がある。神の一言は千両の金にもかえられぬ。ありがたく受けて帰れば、みやげは舟にも車にも積めぬほどの神徳がある。心の内を改めることが第一なり。神に一心とは迷いのないことぞ。」
おとぎ話の中に桃太郎さんの御話しがございますね。おじいさんは山に芝刈りに、おばあさんは川に洗濯にと、最近は男女同権と言った様な事をしましてね。お掃除や御飯炊きも男も時にはしなきゃいけない。と言う様な風潮が強く成って参りましたが。やはり女は女でなからなければ出来ない事を、男は男でなからなければ出来ない事を、ここをはっきりと私しは確かめないと、確かめたうえでの生活でないといけません、と思います様に、信心もやっぱそうです。
ここは信者の立場、ここは取次ぎ者としての立場、その私しは信心が育って来ると言う事は、その立場立場をいよいよ重んじてそれに徹していく事だと思います。信者とはただお参りをしておかげを頂くだけ、取次ぎ者はそれを取次ぐだけ、確かにそうですけれども、そこにはね、やはりおじいさんが川に洗濯にいってはならんと言う事はないけれども。そこにはちゃんとやはり持ち場立場をやはり、自覚をもたにゃ、自覚しなければならんと言う事です。
神の言う事は道で落してしまい、自分の良いようにするからおかげはなし。有り難く頂いて帰ればおかげは舟にも車にも積めぬほどの神徳があると。今日私は中にひと言聞いて頂こうと言う事は、絶対御神徳になるだろうと、成るだろうと思う事を聞いて頂くんです。それも信者としての立場での皆さんの信心、合楽でも段々それこそ桃太郎さんじゃないけれども、私しは一人の信心から段々と、まぁ私しをその当時日本一の旗を立てた桃太郎というてくださり。
それには、犬、猿、雉がお供が要るのです。亡くなりましたけど、久保山先生、秋永先生、いま久冨正義先生を、神様は、犬、猿、雉、というて下さりよったその当時は、それから5人組が出来たり、又は7本槍が出来たり、あの当時の7本槍はもう無くなってしまいましたですね。その中には久冨組の、今の久富組の社長さんも入っとりましたよ。ある御本部参拝の時に、ちょうど7名でしたお参りが。月参りをする、がそれにまぁ当時の椛目の7本槍と言っておられた。
それから段々人数が多なって、合楽の13日会いつもまぁ50名あまり、まぁあれをいうなら私しを大石内蔵助にするなら、47士の面々と言った様な風にも言ったました。合楽の100人衆と、先だってのじょうさせんの時に伊万里の竹内先生が、そう言う様な時代があったが現在では、合楽の千人衆と言わなければならないように。ご信者が増えたと言う意味の話をなさっておられました。だから皆さんの場合合楽の千人衆としての、ひとつ自覚を持てれる信者にお取立て頂かにゃいけんと思うですね。
昨日福岡の稲員さんから電話がかかって参りました。色々とお知らせを頂いて、ご信者一人一人にこうお知らせを頂かれる。真嶋という方が参ってきょる時に頂いたお知らせ、6億円と、千人衆と言う事を頂かれた。どういう事でしょうかと。そりゃいっちょ考えて下さいうて、まぁあとから考えみて、はぁ成程6億円と言えば、ここの信徒会館建設がちょうど6億円ありました。なら今合楽にその千人衆がおる人が。
昨日私しゃ電話頂いてから、皆んなに計算して、朝から頭がこんがらかっとった出来ませんから。6億を千人で割ったら、幾らになるかのちゅてから。皆さん幾らになるですか、60万円ね、一人割り当て60万円。その60万円が千人衆がその気になったら、あっという間に、だから6億円出来る訳ですね合楽場合。合楽の千人衆がその気になったら、一日のこの合楽教会の運営と言う事は、まぁ日々の皆さんのまぁお下がりでおかげを頂いております。
また皆さんが、お建設費、また13日会費と言った様な特別なご献費をなさるのが、みんな建設費に充てられて。おかげで5億数千万と言う金額が、支払いが済みました。はぁほんとに合楽だなとこう思います。ですから中には10人分も、20人分もおかげを頂いた方もありますけれども。出来るその気になれば出来るのに、そのことには全然吾関知せずと言った様な人も、たぁぁくさんあることです。いわゆる千人衆の自覚がないのです。合楽の信者としての自覚がないのです。
私はその自覚に立つと言う事、そこからね私しは願わして貰う。まぁ私しはでけそうにないけれどもと願う。それから不思議な不思議な働きを受けて、そいう願いの方達はそれが成就していっております。まぁ不思議なおかげであります。これが私しは徳にならない、力にならない筈はないと思うですね。もうわずか後まぁなんですか6千万ですかね。正義先生いくらあと、はぁあと6千万ですね。ですそれを言うならば記念祭までに完納させて頂こうと言う願いがあっとります。皆さんも毎日それを聞いておられます。
その6千万を、その中の私しはどれだけを、おかげ頂かしてもらおうかと、祈ったり願ったり、お取次ぎを頂いておる人がどの位あるでしょうか。私はそういう願いを立てさして貰う、そういう願いを持たせて頂く事こそ、私しは千人衆の自覚であると同時に、合楽信者としての自覚、是は合楽信者として当然受け持たなくてはならないと言う様なもの感じられて、初めて合楽の信者であります。合楽の千人衆の一人ですと、いうふうに言えれるのじゃないでしょかね。
もう自分な出来んこつ神様は知ってござるからじゃいかんです。願わにゃお取次ぎを頂かなきゃ、そりゃもうほんとに不思議な不思議なそりゃもう一心にその事を願っておられる方はもう。あなたが是だけのことが出来ると思う様なおかげを受けておられるです事実。自覚に立ってそれを願うと言う事、神の言うことを道で落してしまい、これは教えの事でありましょうけども、今日は私しは合楽の信奉者だとしての自覚に立ったらこうあるべきが本当だということを、聞いて頂いたんですから、それを皆さんが聞く気になって願われることになったら、神の言う事を聞く事になるのじゃないでしょうかね。
どうぞ。